雪葬
heavy-rain
2011年12月18日
538
「約束を破ると、小指を切られるんだよ」
雪が積もった、ひとのいない公園で、あのコが言った。
ベンチの雪を払いのけて、そこにあのコと二人で座っていた。
よく晴れていたのに、雪が溶けないくらい、寒く澄んだ日。
「今から言う約束ごと、守れる?」
突き刺すよーに真っ直ぐに私をみるから、私は自分が標本の虫になってピンでとめられているよーに感じていた。
「ボクが今から何をやろうと、絶対に声を出さないこと。
それから逃げないこと」
光が雪に反射して眩しくて、景色がよく見えない。
この言葉もよく見えなかった。それなのに、黙って頷いたんだ。
あのコの手が私のほっぺたに触れた。冷たーいっ。
手は耳の後ろから首筋にやってきて、その冷たさでカラダがびくっとなった。
「逃げちゃだめだよ。声も出しただめ。
約束を破ったら、指を切って雪に埋めるからね」
手が服の中に入ってきて、その冷たさにカラダを凍らせた。
ぐっと息をのみ込むと、あのコの手が私の喉をつかんだ。
「声を出しちゃ、ダメだ」
苦しい。冷たい。怖い。それとワケノワカラナイ高揚感。
それらが頭の中をぐるぐる回ってチカチカ点滅して、ガンガン鳴っていた。
私の喉元を片手でおさえつけ、反対側のあのコの手は、私の太腿から中に入ってきていて…
そおやって、そおゆうふうに。
もう寒さも恐さも感じない。
ただ圧倒的な光が頭の中を占めていて、もう目が眩んでしまっていた。
息ができなくて苦しい事さえ、忘れてしまうくらいに。
たまらなくて、反射的に身をよじってあのコから離れた。
冷や汗と火照りを感じながら、息を大きくついている私をみて、あのコが言った。
「約束を、破ったね」
ナイフを取り出すあのコの指は、濡れていた。
「僕が切ってやろうか? それとも自分でやる?」
口元には笑みを浮かべて、穏やかな表情をたたえているのにその目はとても冷たくて、青っぽい氷塊を思わせた。
途方もなく高貴で、途方もない孤独の色。
あまりに完成されたものには、近づけない。
あのコの目と心の色は同じなのだと感じた。完璧な孤独の城壁。
あのコの言葉も、同じ色をしていた。
「指を切る代わりに、あった事をぜんぶ雪に葬ってしまうのならそれでもいいよ。
僕も忘れるから。二度と思い出さないし、二度とこんな事はしないつもりだから」
震えたのは、寒かったからなのかー…
私はあまりにも幼くて、今のこの瞬間のことしか、考えられなかった。
あのコに指を切られること、あるいは自分で切り落とすこと。
今あったことを消してしまわずに済むのなら、そっちの方がいいと願った。
でも言えなかった。何も。あのコの目の色を、見ていただけ。
あのコは穏やかに言った。
「じゃあ、そうしよう」
あのコは手を手を雪にかざした。そして静かに告げた。
「今あった事ぜんぶを、この雪の下に埋葬する」
一面雪で覆われた真っ白な地面。そこに一瞬、赤い大きな染みを幻視した。
それ以降、あのコはもう、私を見ることはなかった。
別のところへ、行ってしまった。
あの手触りも感覚も、目の色と同じ色の言葉も、点滅する光も、ぜんぶ埋葬されてしまった。
雪が抱きかかえて、いずれ溶けてしまう。
残しておけるのは思い出としての記憶だけ。